借金返済アンケート

事業の失敗で借金をした方に聞いた、借金の経緯と返済方法

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普通の返済は諦めて下さい
>借金が5分の1以下になった裏ワザ<
知らないだけで大損しています!

いわゆる自転車操業というやつで、経営難で従業員の給料を支払うために、そこらじゅうに借金をしてしまいました。

それでも借金は増えていく一方だったので、会社をやめて社員を解雇することにしました。

借りたお金を返済するために会社を売り、自宅も売って、やっとすべて返済することができました。

何もなくなってしまいましたが、これで良かった気がします。

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会社を辞めてインターネットでの事業を始めましたが、どんどん経営難となってしまったのです。

事業を拡大するべく借金をしたのですが資金繰りがうまくいかないことで多額の借金を抱えることになりました。

とても返済していける額ではなかったので、知り合いの弁護士に債務整理をしてもらい、今でもコツコツと返済を続けています。

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脱サラをして事業を始めましたが、調子が良かったのも初めだけでどんどん資金繰りが困難になってしまいました。

売り上げを伸ばせるように借金をして事業を拡大したのですが、経営難に陥ってしまって借金だけが手元に残ったのです。

返済することが難しかったので弁護士の先生に債務整理をしてもらいましたが、今でも返済は続いています。

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地方で販売業を営んでいます。

不景気で店の運転資金にも困り自営業者ローンに100万円の借金をしてしまいました。

経営難は相変わらずで自転車操業の毎日でしたが、とにかく販路を増やそうと営業努力を残ってくれた社員と必死になって取り組み、借金を返しながら少しずつ業績が回復。

その後努力が実を結び大口の受注が相次いで入ったことで業績がなんとか回復し返済が完了しました。

やはり汗を流して働く努力が大切です。

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25歳のときに会社を立ち上げたのは良かったのですが、右肩上がりだったのも初めのうちだけでした。

資金繰りに困り借金をして事業を拡大してみるも、最後は経営難となり借金だけが残る結果になってしまいました。

とても返済できるような額ではなかったので、信頼できる弁護士の先生に債務整理という形をとってもらいました。

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不況の煽りを受けて会社からリストラに合い、事業を立ち上げたのが借金のきっかけでした。

順調だったのは最初のうちだけでどんどん売り上げは急降下となり、売り上げを伸ばそうと借金をしてさらに事業の拡大を図ったのですが、経営難になってしまいました。

弁護士の先生に債務整理をしてもらい、今でも返済を続けています。

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24歳で脱サラして、昔から夢だった喫茶店を始めることにしたのです。

しかし売り上げが伸びたのも初めの半年ほどで、すぐに経営難となって多額の借金だけを抱える羽目になってしまいました。

どうしても返済していくことができなかったので、知り合いの弁護士に相談して債務整理をしてもらいましたが、完済まで先は長そうです。

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会社経営においては、最低限の設備投資は欠かせません。

しかし設備投資は必ず成功するわけではありません。失敗すれば、たちまち経営難に陥ってしまいます。

それで経営を立て直すために借金をしたのですが、返済は本当に簡単ではないのです。

コツコツと地道に、毎日の努力を積み重ねて返していくしかありません。

長く険しい道のりですが、最後まで頑張ります。

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会社を辞めて昔からの夢だったラーメン屋を開業したのですが、右肩上がりで売り上げが伸びたのも初めの数ヶ月だけで、どんどん資金繰りが困難となり経営難に陥りました。

多額の借金だけが残りましたが、どうしても返済していけなかったので、弁護士に相談して債務整理という方法をとってもらいました。

完済まであと2年はかかりそうです。

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インターネットでの事業を始めて売り上げが伸びたのは初めのうちだけでした。

売り上げを伸ばそうと借金をして商品の種類を増やしたのですが、すぐに経営難に陥ってしまったのです。

手元に残ったのは多額の借金だけで事業には失敗してしまったのです。

債務整理をして返済し続けていますが、完済まであと二年はかかりそうです。

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会社を辞めて子供の頃からの夢だった居酒屋を始めたことが借金を作ったきっかけでした。

開店当初はお客さんの入りも上々で売り上げが伸びていたのですが、次第にお客さんも入らなくなってしまい事業に失敗したのです。

多額の借金を抱えていたこともあり、弁護士に相談して債務整理をしてもらいました。

今でも返済は続いています。

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独立して雑貨店を開業し、当初は順調に売り上げを伸ばしましたが、その中で大口の注文をもらうことになり、現金ではなく掛売を始めました。

売るための商品の仕入代金を借金で調達しましたが、事業が大きくなるほど借金の額も大きくなりました。

成長のスピードが早すぎて、資金繰りが追いつかなくなったのが反省点で、利益と資金繰りの違いについて、もっと早く気がつけばよかったです。

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ネットを利用した事業を始めたものの、売り上げが伸びたのは初めの数ヶ月だけでした。

売り上げを伸ばすべく借金をして商品の種類を増やしましたが、それが仇になって経営難となり、借金だけが手元に残ったのです。

返済額も大きかったので、弁護士の先生に債務整理の手続きをしてもらいましたが、完済まであと2年はかかりそうです。

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インターネットを利用したお店の事業で成功したものの、売り上げがどんどん右肩下がりに落ちてしまったのです。

売りあげを伸ばすために借金をして商品の種類を増やしたのですが、それが仇となって多額の借金として自分に跳ね返ってきたのです。

とても自分ひとりでは完済できないような額だったので、債務整理をして返済しています。

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会社を退職してから事業を立ち上げようと雑貨屋を営んでいましたが、それが多額の借金を作ってしまう結果となりました。

開店して間もないころは売り上げも伸びていましたが、資金繰りが困難になってしまったのです。

大きな借金だけが手元に残ってしまい、弁護士の先生にお願いして債務整理をしてもらいましたが、まだ返済は続いています。

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事業に失敗して、借金を作ってしまいました。

借金返済のために、自宅や車などすべてを売却しました

すべて売却してもまだ少し足りなかったので、私たち夫婦とともに子供たちも一緒に働いて返済をしました。

家族の助けがなかったら、返すことはできなかったと思います。

迷惑をかけてすまいと思う気持ちと同時に、本当に感謝をしいています。

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脱サラしてから借金をして事業を立ち上げたのですが、売り上げは右肩上がりで調子が良かったのも初めだけでした。

すぐに経営難になってしまい、手元に残ったのは大きな借金だけでした。

自分ひとりでは返済することができなかったので、弁護士に相談して債務整理をしてもらいました。

おかげで何とか返済していくことができています。

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会社を辞めて長年の夢だったラーメン屋を始めたのが借金を抱えてしまうきっかけでした。

売り上げが伸びたのは初めの数ヶ月だけでどんどん経営難となり、借金を抱えたまま事業の失敗に終わったのです。

莫大な返済額だったこともあり、弁護士に相談して債務整理をしてもらったのですが、完済できるまであり3年はかかりそうです。

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飲食店勤務の経験を生かしてラーメン店を開業しましたが、従業員の給与の支払いのためにカードローンを利用しました。

そのことが経緯となり、次第に経営を圧迫するようになったために、事業を廃業しました。

そしておまとめローンの情報を知ったことで、借金を一本化することにも成功しました。

低金利のローンで整理したので、予定よりも早期にお金を返せました。

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次に事業の借金体験談について投稿頂きました。

事業経営者の息子に多い突然の借金について

借金というのは背負いたくはないものです。

当たり前ですが。

しかし、自分で自分の借金を背負うのならば、割り切ることはできますが、自分ではなく、赤の他人の借金を背負い込むことについては、承服できない部分があるのではないでしょうか。

私の知人から聞いた話ですが、今、働き盛りの方々で、借金を背負っている方というのがかなり多いという話です。

それも、親の借金を肩代わりさせられるような形で背負わさせられているといった感じでしょう。

その多くは、その親自身が、事業を営んでいる方に多いということです。

その知人の知人もその一人です。

実際、その親は、節税の名手でした。

売上詐称等、普通に行っており、高校や大学の学費も、その会社の販売費並びに一般管理費から強引に出していたという話ですから、すごいものです。

大学自体は、地元では無い大学に通うことができたことは言うまでもありません。

大学卒業後は、中堅の商社に就職しました。

その親は、行く行くは事業を継がせたいと考えていたようですが、その親自身、事業では社員一人しかいなかったので、事業承継については深く考えていなかったようです。

業績が悪くなったなら、辞めればいいのだからと、軽く考えていたらしいのです。

しかし、転機は突然訪れました。

大型の機械を購入して入れると、これまでの仕事よりロスも少なく、そして十倍の精算ができるようになると、この会社に入っていた営業マンが畳み込んだと言います。

折からの不況で、営業面の強化を感じていたその社長は、機械購入によって、営業時間を充分確保できるだろうとの、この機械販売の営業マンの話を受けて、二千五百万の機械を購入しました。

その時、保証人の欄がありましたが、そこに、息子の名前を記入したのです。

息子には、良い話をして、そして最後に自分が全て返済すると伝えて、電話を切ったと言います。

数日後に、送っていた用紙に、息子が名前と印を押印して送り返されてきました。

銀行からの融資関係の書類でした。

息子には、三十年のローンだが、十年以内で返済すると伝えていたのです。

一ヶ月後に機械が到着しました。

確かに、素晴らしい機械で、これまで一日かかっていた仕事を、二時間もかからずに終了させることができたと言います。

社長は、勇んで営業に飛び出しました。

社長の営業力は確かに素晴らしく、今までの三倍の受注を獲得したそうです。

最初の内は。しかし、二年、三年とたつにしたがって、ライバル会社の参入が激しくなったことに伴って、次第に受注は減少してきたと言います。

一人いた従業員にも辞めてもらって、経営のスリム化を図ったそうですが、それでも、ライバル企業の営業攻勢が続き、値段では既に勝負にならない領域に達していたと言います。

八方塞がりになった社長は、運転資金にすら事欠く有り様となりました。

そのため、政府系の金融機関から運転資金を借り入れ、それを機械の購入費の支払いに充当するといった手段を使い始めました。

しかし、資金は直ぐに枯渇したそうです。

当初の豊富にあった筈の営業攻勢をかける時間は、あろうことか、資金繰りに奔走する時間に変化してしまいました。

そういった状況が息子にバレたのは、正月、家族を連れて帰郷していた時でした。

バレてしまった時、一時、息子の嫁は離婚を切り出しました。

息子は何も言えずに、黙ったままだったと言います。

両親は、只々平謝りだったとのことです。

今では、息子の指導の元、大量に製造できる機械を中古で再販して、それを返済原資に充て、かなり返済負担が軽くなったと言います。

息子夫婦も円満に暮らしているらしいですが、息子の家族は滅多に帰郷しなくなり、あまり両親とは仲が良くないという話です。

借金での事業資金は苦しいものです

今日の私たちの生活には、コンビニエンスストアが欠かせなくなっています。

24時間体勢で営業しているため、時間によらずATMが利用できる、各種料金の支払いが出来る、インターネットでの買い物の支払いや商品の受取が出来る、などなど多くの利便性があるからです。

地の利があれば、ほぼいつでもお客さんが沢山入っていて、活況です。

借金での事業資金は苦しいものです02

しかしどうかすると、たまに改装工事が行われていて、時が経つにつれそれが閉店だったことが分かったりします。

普段利用している店舗でも、しばらく行かないうちにそうした事実を知ることになったりします。

コンビニエンスストアの本部はいずれも優良企業であり、まさか店舗が閉店するようなことになろうとは、しかもそれが一等地だったりすると大いに考えさせられるものです。

その理由は実際に自分で「体験」するまで分かりませんでした。

私は60歳になる男性です。

50歳で脱サラをと考えて、コンビニエンスストアのオーナーになり、悠々自適の生活を考えていました。

自己資金は300万円ほどでしたが、本部からの借り入れや懇切丁寧な指導に期待して、勤めていた会社を辞めました。

土地と建物を本部に用意してもらうため、銀行から250万円の借り入れをしました。

つまり借金です。

Movers unloading a moving van

また原則として店舗付近で生活することになるので、引っ越し代や当座の生活資金が他に必要になりました。

高名なコンビニエンスストアですから、お客さんがあふれ、借金などすぐに返済できると考えたのです。

しかし現実は厳しいものでした。

もし今コンビニエンスストアのオーナーになることを考えている方がおられたら、まずは事業資金を多く持っていることが必須条件であるとアドバイスしたいと考えています。

また思うように経営ができなかった時には、早目に撤退してその上で生活に困らないような資金を、さらに別に用意できていることが望ましいと申し上げたいです。

開店の準備段階の後期に、アルバイト店員を募集しました。

近くに大学があるので、学生アルバイトには事欠かないだろうと考えていたのです。

しかし実際はそれほど簡単な問題ではありませんでした。

24時間体勢で年中無休の店舗運営をするには、実は15〜20名の店員が必要になります。

これだけの店員を確保し、しかも適性のある人だけを採用するのは大変なことです。

Young female cashier helping a customer pay

しかもアルバイトですから、職業的使命を持って働くというよりは、仕送りの不足分を簡単に稼ぎたい、そして大学の長期休暇の時には休みを多くとりたい、と考えています。

アルバイト店員の教育や指導は、基本的にオーナーがしなくてはなりません。

もしめまぐるしく人が変わるようであったなら、人の指導と並行して店舗での仕事をこなす場合、例えオーナーといえども毎日最低16時間以上は働く覚悟が必要なのです。

店員のローテーションで長時間労働をする場合、中年の身では疲労困憊となってしまいます。

その状態がいつまで続くかもハッキリしない。

そんな中で借金の返済を考えると、オーナーらしい気分に浸れないのが実情です。

そのうちに家族に応援を頼むようになり、接客業に慣れていないうえ長時間勤務になり、こちらもついつい無理を頼んでしまうことから家族との意思疎通が不安定になってしまい、ついには家族もろとも鬱病になりました。

果たして借金を返済できるのか。

本部に相談してもなかなか埒があきません。

私は撤退した場合のことなど考えてもいなかったし、コンビニエンスストア経営を離れても食べていける資金はありませんでした。

また意外に店舗経営には創意工夫というものができません。

何か良いアイディアが浮かんでも、本部ではイメージと違うアイディアであれば許可してもらえないのです。

仕事で創意工夫ができないというのは喜びにかけるものです。

その上で心労と借金の返済を心配する生活は、心身共に疲弊をもたらすものとなってしまいました。

もはや生きていくことも苦しくなってしまい、ついに債務整理をして店舗経営から撤退することとなりました。

そして不本意ながらも非常勤の派遣社員の道を選び、収入は乏しいのですが、今では安心して生活できるようになりました。

事業の借金は事業で返そう

私は一時期会社の代表をしていました。

と言っても自分で興した会社ではなく、平社員として長年勤める中、社長が急病となり、そこは従業員10人ほどの小さな会社だったので、経験のある自分が押し出しの形で出塁したのです。

不安でしたね。

経営なんてしたことはなかったし、総務的に取りあえずなんでもやってきたので形としてはできたのですが、やはりトップに立つというのは、重い責任が伴う上、ひどく孤独です。

事業の借金は事業で返そう02

おまけにその頃、会社の経営状態が悪く、赤字が続いていました。

そして、その赤字を埋めるべく前社長が新しい事業を組み入れていたからさあ大変。

設備投資で500万ほど必要になりました。

借り入れができないと、従業員に給料が払えません。

名刺と事業計画書を持って借金を申し込みに銀行を回りました。

しかし、まだ社長になりたての若い私を信用し、融資依頼を受けてくれる銀行はありませんでした。

3件目でようやく承諾してくれたのが労働金庫です。

しかし、あれこれ必要書類を要求してきながら、まるでじらすかのように、なかなかお金を振り込んでいただけませんでした。

Exhausted businessman with face down holding a telephone in an office

ついに業者への支払いが滞り、私は窮地に立ちました。

そして、労働金庫担当者に向かい怒りを爆発させたことを思い出します。

担当は丁寧にわびていましたが、ともかく早くお金がいるのです。

私は知人に頭を下げ、取りあえず200万ほどの借金を申し出ました。

その方は以前から私の仕事ぶりを買ってくれていて、すぐさまキャッシュで用意して下さいました。

Business man drawing Thank You on a screen.

私との間には信頼関係もありました。

しかし、とはいえ、傾きかけている小さな会社に無利息、無担保で融資してもらうことは、自分としても不安で申し訳ない思いで一杯でした。

私は知人に土下座して借金のお礼を言い、心からその知人への恩義を感じました。

労働金庫からは、申し込みから2か月過ぎにようやく300万が振り込まれました。

しかしまず知人への返済が優先だと感じ、労働金庫へは5年の返済期間を設けました。

それからは事業の安定を図るため、休みを返上し懸命に働きました。

Pie chart concept isolated on white

 

そうした努力が実ってか、経営的にだんだんと黒字となり、V字回復とも呼べる状態となりました。

社員とともに一丸となり会社を立て直したのです。

知人には1年で、労働金庫には5年の予定を3年で完済しました。

ところが次はまた安泰とは言えない状況に陥りました。

心配だった借金は無事なくなりましたが、自分も全力で走り続けたことで、精神的に弱ってきたのです。

眠れない夜が続き、食欲も失せ痩せてきました。

うつ病にかかってしまったのです。

それからは一年ほどの通院と服薬によりなんとか7割回復できました。

借金がある時は考えるひまもなく必死でしたが、ほっとしてぽっかり空いた心の隙にうつの闇が入り込んだのです。

7割の回復でよしとし、私は断薬を決意しました。

精神薬の副作用に苦しんでいたからです。

断薬に成功し、ゆっくりすることであとの3割の回復を図るべく、私は会社を依願退職しました。

後継者を探し、何とか成功できたと思っています。

今年はゆっくり休養できたため、来年から他の会社での就職も決まり、さらなる発展を目指し仕事に勤しんで行こうと思います。

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